MASARU KAWAI

MASARU KAWAI

森の案内人

2017 11 20

いよいよ今週末からコズミックワンダーでの個展が始まります。
木工はもともと、その土地に適した自然に生えてくる木を材料とし、それぞれの木にあった加工を施し作り上げるものでした。
流通が発達した現代では意識することは少なくなってしまいましたが、本来、木で何かを作るということは、その環境に大きく左右されることだったのです。
そんな意味で今回の個展では、森の案内人 三浦豊さんに会場周辺の木を観察し、もともとどんな森であったかや、人間がいないとそこはどんな森になるのか、などのお話を伺いながら、人間と木がどう付き合うかを考えるツアーを企画しました。
11/25の9-12時と13-16時、まだ空きがございますのでご興味のある方は是非ご参加ください!

「木の芳香たるや」展
Center for COSMIC WONDER(南青山)
11/25-12/3

(以下、DMより抜粋)
日本の針葉樹の香りは古来より人々に尊ばれてきたが、最近の研究では、木の香りは木々同士のコミュニケーションツール、つまり言葉だということも解りはじめてきた。
育った土地の光、風、水、土、周りの木々との関係性、さらには動物や昆虫、細菌との関わりなどが、香りへと昇華される。
そしてその言葉を人間は何と聴くのか?
静かに耳をすます機会になればと思う。
. . . . . . . .

また展示会に際しまして、森の案内人 三浦豊さんに会場周辺のツアーをして頂きます。
11/25の午前の部9-12時、午後の部13-16時とあります。定員15名。
お申し込みはコズミックワンダー0357746866までお願いいたします。

僕の在廊は初日のみで、16時よりオープニングレセプションをいたします。
よろしくお願いいたします!

個展のお知らせです。
北鎌倉ギャラリー空
10/7-10/16は1階で僕の作家としての展示、10/7-10/29は2階でSOMAの展示です。
また、10/7には、コバカバの内堀敬介さんとトークをさせていただきます。とても楽しみ。
在廊日は10/7,8です。
どうぞよろしくお願いいたします!

写真は久しぶりに作ったサワラの片口。
木目は一年に一本入るので、この面だけでもその静かに育ってきた長い年月を感じられます。
こんな木は、余計なことをする必要がないです。

2017 09 26

展示会のお知らせです
僕は大学を出たあと、飛騨高山(当時は清見村)にて、2年間の木工修行をしました。過酷な自然のなか過酷な木工修行でした(給料無、残業有)が、仲間に恵まれ、切磋琢磨し、今こうして1人の木工家として仕事ができています。
また当時お世話になった先生は、ずっと先生であり続けたために展示会というものををされた事がなく、現在ご病気を患われており、だったらみんなで先生を囲んで展示会をやろうよ!というのが今回の会です。
大所帯なので1人分のスペースは狭いですが、あんな人も、こんな人もと、なかなか楽しめると思います。
9/27-10/3(最終日は17時まで)
大阪梅田阪急10階です!

神成り

2017 09 10

先日、友人から近所の白山神社の木に雷が落ちているとの情報があり、見に行って来た。
凄まじいものだった。
シャレが好きな日本人は、昔からカミナリが落ちた木は「神に成る」と言って祀って来たが、今回のものはその破壊力といい、龍が巻きついたような傷といい、まさしく神々しかった。
ちなみに神社のしめ縄に付いている紙垂(しで)は、雷の形だという説もある。
木の傷が相当に大きく、いつもお世話になっている森の案内人三浦さんに聞いたところ、モミは適応力が低いため、枯れてしまう可能性が高いそうだ。
これも自然の摂理か。

無題

2017 08 20

先日、いつもお世話になっている、ある大先輩グラフィックデザイナーとメールのやり取りをしていて、とても良い思考状態にはまった。
年に数回、人との会話や、本の中や、時には運転している瞬間になど、良い状態になることがあるが、今回はたまたま文字として残っていたので、許可を得てここに転載してみます。
(前後のやり取りがないとわかりにくい部分もありますが、そのままを載せます。)

**********

Yさま

資料を拝見し、思い出したことがあります。

先日、とある講演を聞く機会がありました。
そこで知ったことですが、山形県のある村で、数百年もの間飢饉で死者を出していない村があるそうです。
そこは山に囲まれた雪深い場所ですが、周りの山を全て共同で管理しているそうです。
山々を24等分し、年に一回その1/24を皆伐し、村全体で使う一年分の薪を得ます。
その場所は次の年には山菜がたくさん取れ、そこから5年間は切り株からキノコが採れ、ソバを撒いたりし食料を得ます。
また次の年は、次の1/24の山を伐ります。そしてまた次の年も、、、
そうやって24年して元の場所に戻ると、皆伐した場所はすっかり元の山に戻っているということなのです。
(これはこの地域が、24年というサイクルを持っているのであって、他の地域は、気候や土壌によって違ったスパンになると思います。焼畑農業も、おそらく同じ原理だと思います。)

何百年もの間、山が山として持続し、かつ人間の側も餓死者が出ない。
これは地域として、山と人が、動的平衡を保っているということではないでしょうか?

日本は雨も多く、四季があり、植物が成長するのにとても適した国です。
他方、ヨーロッパは基本的に土が薄く、さらに寒冷な場所などでしたら、この24年というスパンはおそらく100年200年になると思います。

僕はこのスパンの違いが、建築や家具の対応年数の違いであり、よって木の文化の違いの根底であると思っています。

ヨーロッパの家具は元々、永く使えるように、ガチガチに作るのではなく、修理すること、しやすいことを前提に作られています。
抜けないホゾにするのではなく、接着剤(ニカワ)の対応年数か切れたら自然にホゾが抜け、また接着剤を入れて組み立てます。
そうやって代々使われてきました。

翻って、日本の建築は、基本的に白木です。さらに地面に直接柱を立てる「掘っ立て」でありさえします。
当然、木は消耗しやすく、対応年数も短いです。
しかし、日本ではこれが可能だったのです。次の木が育つまで持ちさえすれば持続可能になります。
こう書いていて思いましたが、日本の建築には、生と死が色濃く現れていますね。
木と人が、今よりいっそう近い存在だったのだろうなと、容易に想像ができます。時間というスケールにおいても。

僕がSOMAで目指しているのは、森と人が動的平衡を保っていた(=インタラクティブに繫がっていた?)時代への回復なのかもしれません。
元々は平衡を保っていた人と自然の関係が、戦後復興を旗印に杉と檜を植えすぎたことで崩れてしまった。
経済を最優先にするあまり、自然とどう繫がっていたのかを忘れてしまった。
そして今、杉と檜を使うことで、かつての平衡状態へ少しでも向かえるようなベクトルにおいて製作したい、ということなのかもしれません。
自分自身、分かっていなかったのが可笑しいですが、何かここで少しクリアになった気がします。

またYさんがおっしゃるように、ギャラリーとか作家とか消費者の問題ではなく、人間と自然がこれからどういう関係性で生きていくのか、ということを作ることを通して考えたいのだと思います。

最後に、ここに書いたことは、全て人間の側からのことですね。
このことを考えるのと同時に、植物の視点から人間を考えることもできればと思っています。もちろん、全てを理解することは不可能ですが、できることはなんでもしてみたいな、と。ちなみに今、「樹木たちの知られざる生活」ペーターヴォールレーベン著という本を読んでいます。なかなか面白いです。
また11月25日には、コズミックワンダーの個展の初日に、専門の方に南青山を植物の観点から案内してもらうツアーを行います。
ご都合よろしければ、ぜひご参加くださいませ。

いつも、とても良い刺激を頂いています。
本当にありがとうございます!