MASARU KAWAI

MASARU KAWAI

レーモンド

2017 04 22

高崎市のレーモンド設計、旧井上邸へ行ってきました。
いい建築は、時代を問わずいい建築であり続けます。

檜のスツール

2017 04 22

クライアントから送られてきた檜でスツールを作っている。80年ほど前に、彼のお祖父さんが植えたものなのだそうだ。
このスツールは、丸太をナタやクサビで割るところから始めるのだが、この檜、中心に近いほど繊維が複雑に絡み合っており、全く思うように割れてくれない。割れにくい、という事は自然の中でも割れにくい=倒れにくいという事で、つまりこの木が生えていた環境の厳しさと、それに負けないように踏ん張って生きてきた過程が伺われる。
この複雑に絡み合った年輪も、外側、つまり最近の、ある程度大きくなってからの部分は比較的素直な木目をしており、それはつまりこの木が大きくなって競争に打ち勝ち、悠々と育ち始めたことを表している。
この部分は比較的割りやすいのだが、樹皮に近い部分は成長するための栄養や水分が豊富で、虫に食べられやすかったり、材としても収縮が大きく柔らかいので、なるべく使いたくはない。
ということで、難航していましたがどうにか出来そうです。
今度この木が生えていた山を見せてもらうのが楽しみ!

展示会@伊賀

2017 03 13

以下の展示会に参加いたします。

2017.3.18-4.9
生活工芸展/ギャラリーやまほん
http://www.gallery-yamahon.com/exhibition/iga

また、初日には11:30からトークショウがあり、僕も13:00から少しお話しさせていただきます。
お相手が安永正臣君なので、楽しみです。

6 years.

2017 03 11

6 years have passed since the eastern Japan earthquake.
It’s a beautiful night.

雑感

2017 02 21

僕の実家のすぐ近くに、巣雲院(皆、ソーニーと呼ぶ)という廃寺があるのだが、そこの関連行事で、「お日待ち」というものがある。
それは稲刈りが終わり、ほっと一息ついた頃の満月の夜、村人が集まり、月見をして餡子の餅を食べながら、夜通し狂俳(五七、または七五のみの句)を詠み合う、かつては農民の娯楽だった。
狂俳はお題があり、それについてユーモアを交えて詠む、今でいう川柳や、あるあるに近いものだそうだ。
僕の90歳になる祖母が、お義父さんから伝え聞いたというので優(ゆう)に100年は超えているのだが、その時の「あれ」という題について、「羽織の襟がちょっとなも」と詠った人がいたのだそうだ。
「あれ」は、あれ?でもアレでもなく、あれチョイとお前さん、みたいなニュアンスの「あれ」なのだが、そのお題に対して、羽織の襟がちょっと立ってますよ(なも、は意味のない方言の韻みたいなもの)と詠んだ句に対して、最高の<天>という点数が付いたそうだ。おそらく皆さんの笑いと、あるある〜!という大賛同があったのだろう。
稲刈りが無事終わり、収穫した米と豆で餡子餅を食べ、その年の田んぼや畑の事を語り合いながら、月見をして歌を詠み合う。なんて豊かな時間だったのか!
またその歌が、こうやって現代まで言い伝わってきた事にも、なにかとても感動してしまった。
現在のお日待は、みんなで集まってご飯を食べるだけのものになってしまっているそうで、おそらくあと10年もしたら、行事自体が無くなってしまうのだろう。
農業自体が変わってしまった今、そうなってしまうのも必然でしょうがないと思うのだが、どうかその、心の品や余裕みたいなものが無くならなければいいと願ってやまない。