MASARU KAWAI

MASARU KAWAI

昇天へと

2016 12 15

全面に和紙を貼った棚。
和紙は、不可逆性のある素材だ。汚れたり破れたりしたら、もう後戻りはできない。
しかしその弱さは、強さにもなりうる。
(当然それは、素木にも言えることだ。)
和紙は黄ばんでいくものと思われがちだが、美濃和紙は年々、透明度が増していくのだという。
昇天へと向かう家具、となれるか。

木と人

2016 12 15

かつて日本の山には、杣(そま)と呼ばれる人々がいた。
杣とは、山へ入り木を伐り、またそれを運び出すことを生業とする人々である。

機械化が進んだ現代と違い、人間の体力と知恵、馬の力のみで険しい自然と巨木を相手にする仕事は危険を極めたが、今となってはそれを想像する事さえ難しくなってしまった。

そんな杣の仕事に欠かせない、「ヨキ」という道具がある。

それは一般に言う斧と同じ道具だが、杣の人々はヨキと呼ぶ。
そしてそのヨキには必ず、左面には3本、右面には4本の筋が入っている。
一説には、左側の4本は地水火風の4つの気を表し、それがヨキの語源にもなっているのだという。また反対側の3本の気は、ミキ、つまり御神酒(おみき)を表し、木を伐採するにあたって御神酒の側を木の方へ向け立てかけ、柏手(かしわで)を打ってから仕事にかかるのだという。

しかし、本当にそれだけのことなのだろうかと、何かがひっかかっていた。
そんな時、偶然にも続けざまに2つのことを知った。

長野県に秋山郷という雪深い集落があり、そこの杣人たちは3と4という数字を畏れ、自分の干支に当たる日から数えて3日目と4日目の日には、決して山へ入らないのだという。しかしその当人達も、ずっとそうしてきたから、という以上の事は知らない。

また別のところからは、陰陽道では3は奇数で陽、4は偶数で陰。
つまりヨキには陰陽が表裏の関係で存在している、と教えられた。

そこで何かが繋がった気がした。

陰と陽とは別のものでありながらも一体だ。
ヨキは道具の性質上、ひとつのものをふたつに分けるものであるが、それを陰と陽とに分ける事により、分けながらにして繋ぐ。木の伐採に関して言えば、伐採され木材になる側と切り株の側との記憶を繋げるような意味を持っているのではないかという気がした。
そして杣人達は、その数字を畏れながら、神性を感じているために山へ入らないのではないか。

木材として流通している一本一本の木が、その山々と今だ繋がっているのだとしたら、そんな願いをもって杣と言われる人々が仕事をしていたとしたら。
我々の木の扱いは、本当にこれでいいのだろうか。

– – –

*この投稿は  COSMIC WONDER Free press へ寄稿した文章の転載です。

森をつくる

2016 12 09

今日は役場の農林課の方の案内で、山を見に行ってきた。
この場所は、地元の方々の協力で、3年かけて生え放題だった竹を伐り、木を間伐し、子供達が気兼ねなく遊べる公の場所へと生まれ変わった。
というよりも、本来あるべき姿へと戻ったのだろう。整備をした事で、昭和初期まで普通に使われていた山道が現れた。この姿はおそらく、江戸時代やもっと前から変わらない風景だったはずだ。
そしてここだけではなく、市内のいたるところにある荒れた山林を整備し、本当の意味での豊かな町にしたいのだと、その役場の方は言う。
こういう事こそこれからは、どんな大きな道路がある事や、病院があることや、リニアの駅がある事より、もっと大きな価値として捉えられる時代になると思う。
市役所内の小さな部署だが、本気でこれを進めて行きたい!という熱意が伝わり、とても心動かされた。
ここでの僕の役割は、ここにある木からお金を生み出す事で、補助金ありきの現状から脱却するお手伝いをする事と、もっと多くの方々に、森の楽しさ、木の面白さを伝えていく事。
今までは作家として作品作る事だけだったけど、もっと大きな意味でこの動き自体が作品、みたいな見せ方にできれば、可能性はさらに広がるはずだ、と思う。

飛騨の山

2016 10 24

飛騨の奥山へ行って来た。
この山は60年前に皆伐(全て木を伐ってしまうこと)した後、そのまま植林せずに放置された場所。
つまり、人の手が入らない自然な状態で、どんな木が生えてきて森を形成していくのかが分かる場所だ。
僕は今、日本に膨大にある、植林され、でも使われる見込みの少なくなってしまった針葉樹をどう使っていくか、というプロジェクト<SOMA>をやっているが、今回、それらの針葉樹を伐採して使った後の森をどうしていくべきか、どんな可能性があるのか、という中長期的な展望をイメージするのに、とても勉強になった。
ちなみにここでは、ブナ、クリ、ミズナラ、ウダイカンバ、カエデなどの広葉樹が出てきていた。
この山なら、完全に放っておいても、とても豊かな森になるようだ。

年輪

2016 09 08

古い神社から頂いた、樹齢500年ほどの杉の木で盆を彫る。
直径が大きすぎて製材機には入らなかったため、楔を打って割ることから始めた。

山から離れた場所で暮らしていると、身近にある木製品は山で伐られた木からできている、という至極当たり前のことすらリアルに感じることが困難になってくる。
本当はその木には長い歴史があり、また多くの人の手によって育てられ、伐られ、運ばれ、加工され、ようやく物となってここに存在する、ということを。

木は冬を越すために、秋の彼岸を過ぎた頃から水を吸い上げることを止め、体内の水分量を下げることで凍結による破裂を未然に防ぎ、代謝を落とし休眠状態になる。春の彼岸を迎える頃には徐々に活動を再開し、春夏は盛んに成長しようとする。その成長スピードの差が、春夏は早く大きくなるため薄い色、秋冬は成長量が少なく密度が濃くなるため濃い色となって現れ、つまりそれが我々が木目と呼ぶものとなる。
よって四季のある日本では、必ず1年に1本年輪が形成される。

つまり、木目の線の数だけその木は冬を越してきたことになる。

身近にある木のものの年輪を、そんなふうな想像を持って眺めてみてはいかがだろう?

杉の棚

2015 12 19

この棚に使っている杉は、少し変わっている。
大きな節が沢山あるのに、木目が非常に細かい。
節というのは、言わば枝の痕跡なのだが、太い枝(=節)が多いという事は、つまり沢山の葉っぱがついていたという事になる。
葉が沢山あればたくさん光合成をして、たくさんのエネルギーを生み出す事ができるということであり、そういう木は成長が早く、つまり木目の粗い木になる。
しかしこの木は、そうでない。
木目が細かいというのは、苦労して成長した証だ。
たくさんの競争相手のいる中で、こぼれ落ちる僅かな光りを求め精一杯枝を伸ばし、戦って戦って少しづつ大きくなってきた木だ。
そんな生命力のみなぎる木は、大きな家具を作るのには向かない。
人に対して強すぎる。
なるべく無駄が出ないようにぎりぎりまで薄くし、細い柱を立てた。
小さくても力のある棚になった。